古民家に引っ越してきた深夜のこと。
「夜分恐れ入ります」と声がした。
寝ていた僕は、跳ね起きて声のする襖の方を見た。襖がスルスルと開いて、和服の女の子がにこやかに微笑んでいた。
(幽霊?)
特に金縛りにはなっていない。
「どちら様ですか?」なんか間の抜けた質問をした。
「家主様に申し上げます。わたくしはこの古民家に長らく住まわせていただいている座敷童の華と申します。この度家主様が変わらたのでご挨拶とご契約内容の確認に参りました」
(不動産屋さん、事故物件だなんて一言も言ってないよ!)
「別に事故物件ではありません。自然死以外この家では、起こっていませんし、わたくし以外超常現象的なものもありません」華さんは僕の心を、読んだように淡々と話していく。
「自動車の自賠責保険のようなものと考えていただければ結構です。この家に住まわれる方の安心安全を担保させていただくことと引換にわたくしを住まわせていただければと思いまして…」
(なんか保険の外交員みたいな口振り〜)
「えーと、ただ住むだけでいいんですか?なんか、供物とかしなきゃいけないとか?」
「全くそういうこともありません。家主様から呼ばれない限り姿を見せることもありません、どうでしょうか?」
(向こうは長年ここに住んでいることだし、特に邪悪な感じもしないし、まあ一人暮らしだし、結構可愛いし、寂しい時話相手になってくれそうだし、まあ、いいか)
「分かりました。住んでいただいて結構です」
華さんは嬉々として、
「ありがとうございます。それでは契約内容の更新のご意思を確認したとのことで…」
華さんは、巻物みたいな和紙を懐から取り出して僕に広げて見せた。
「これって?」
「今のお話をただ文書にしただけのものでございます。最後の行に御署名と軽く家主様の御血を一滴頂ければと…」
にこやかな微笑みを絶やさない華さん。
明らかに、話したことより絶対多い分量だし、崩し字で読めないし、明らかに日本語?というものもある。もしかして『悪魔契約』みたいなもの?
悩んだけれど僕のシックスセンスを信じてサインと血を一滴和紙に垂らした。
サイン後、華さんが態度を豹変してクックックとかやらないかと心配したが、態度は変わらなかった。
「それでは家主様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
華さんはスルスルと部屋から出ようとした。
華さんが襖を閉めようとした時、
「あ!申し訳御座いません、一つお話するのを忘れておりました」
(えー何?)
「この契約は…」
ドキドキしながら、次の言葉を待つ僕。
「クーリング・オフの対象外ですので!」
華さんは、微笑みの中にちょっとした茶目っ気まじりの表情を付け加えて襖を閉めた。
僕は、思った。
(最後にそれ、やりたかっただけでしょと…)end
2024-09-29 03:01:31 +0000