あるシスター見習いの慟哭―明日―

うーら
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――あなたはじゅうぶんに成長しました。
孤児院を出て、明日からシスター見習として教会に勤めなさい。

仮面越しの冷たい声がわたしにそう告げた。
それを聞いてわたしは――どう考えていいのかわからなくなった。

シスター見習として教会に勤める――ああ、これを聞いたのが一年前だったならどんなに嬉しかったことか。
一年前、教会にはわたしの――わたし達の優しい姉さんがいてくれた。いつもニコニコとして、あたたかくて、頼りになるわたしの姉さんが。

でも――もう、あの頃の姉さんはいない。
いま教会にいるのは、銀の仮面で顔をすっかり覆い隠したあのシスターは――まるで魂を持たない人形のように冷たいあの人は姉さんなんかじゃない――

何度も自分にそう言い聞かせてきた。もう、姉さんはいなくなってしまった――そうやって、諦めようとしてきた――

けれど――それでも――っ!
やっぱり――やっぱり、あの人は姉さんなんだっ! わたし達の、わたしの、優しくて、あたたかな――っ!

ぽろぽろと涙が勝手にこぼれて頬を伝っていった。

一年前のあの日、〈化身派〉というのがやってきた。みんな仮面を着けていてほとんど喋らない不気味な連中だ。
その〈化身派〉の連中が姉さんの教会に入っていくのをわたしは孤児院の窓からそっと覗いていた。

それで、少ししてから〈化身派〉は帰っていったのだけど、その日から姉さんはあの銀の仮面をいつでも被るようになった。
そして、姉さんは――変わった。

姉さんは教会での勤めの合間に孤児院の方にもちょくちょくきては弟妹達の面倒をよく見ていた。姉さん自身もこの孤児院で育った。血の繋がりはなくても、姉さんは文字通りみんなの姉さんだったんだ。
その姉さんが――仮面を被った姉さんが孤児院に来て最初にしたことは、自分を姉と呼ぶことを禁止することだった。

――わたしは神の化身。名前も、人格も、素顔も、人としてあったものはすべて消去しました。わたしのことはただシスターと呼びなさい。

仮面越しのその声はこもっていて、そして、恐ろしかった。
姉さんがなにを言っているのか理解はよくできなかった。ただ、どうしようもなく恐ろしいことを言っている――それだけは本能的に感じ取れた。

――どうして? 姉さんは姉さんでしょう?
わたしの隣で、まだ幼い妹がきょとんとして言った。

ああ、その時の姉さんの目――仮面の奥に覗く姉さんの目がギラリと冷たく光って妹を刺し貫いた。まるで、本当に殺そうとするかのように。
刹那、妹は真っ青になって――わたしはとっさに妹を庇った。強く抱きしめて、嗚咽を漏らそうとする妹を必死に抑える。

泣かせてはダメだと、なぜかわかった。ここで泣かせたら、妹はきっともっとひどい目にあわされる、と。

――わたしの言葉に逆らうことは断じて許しません。肝に命じるように。
感情を感じさせない冷え切った声でそう言って、姉さんは教会に戻っていった。

信じられなかった……あの優しい姉さんが、まさかこんな仕打ちをするだなんて……
でも、いいしれぬ恐怖に魂が悲鳴をあげて、いまの出来事が現実なんだとわたしに突きつけた。

姉さんがその場から去った後も、みんな動けなかった。弟達も妹達もみんなが怯え震えていた。
わたしは孤児院で一番の年長だった。なにか言わないといけなかった。

――みんな、これからは姉さ……シスターの言うことをちゃんとよく聞くの。いいわね?
震える声で、わたしはそう言うしかなかった。

その日から、孤児院では誰も笑わなくなった。みんな、いつもビクビクするようになった。
姉さんが孤児院にやってくる時間は、待ち遠しい時間から恐怖の時間へと変わった。

この国の聖職者達はいつの間にか〈化身派〉に乗っ取られていた。
もちろん、こんなこと絶対口には出せないけれど〈化身派〉はきっと悪い奴らなんだ。
姉さんだって〈化身派〉のあの仮面を被った日からおかしくなってしまった。

その姉さんから、わたしもシスター見習として教会に勤めるよう告げられ――いや、命じられた。
逆らうことなんてできない。姉さんの言葉通り、わたしは明日からシスター見習になるしかない。

本当だったら、嬉しいはずだったのに。わたしもシスターになって姉さんと一緒に働ける――それは、わたしのかつての夢だったはずなのに。

――わたしも、姉さんと一緒になるのだろうか?
シスター見習とは、つまりは聖職者だ。〈化身派〉はすべての聖職者に仮面を被るよう強要している。わたしも、明日になったらあの冷たい銀の仮面を被らされるのだろうか?

――わたしも明日から、姉さんと同じになるの? あの仮面を被ったら、わたしも姉さんのようにおかしくなってしまうの? 心を持たない人形のような〈化身派〉になってしまうの?

――イヤだ、仮面なんて被りたくない……〈化身派〉になんてなりたくないよ……

――姉さん、こんなの間違っているよ……ねえ、仮面を外してよ……元の優しい姉さんに戻ってよ……助けてよ姉さん……わたしの姉さん……
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前話⇒illust/120039549

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2024-07-19 01:02:23 +0000