私には家族がいなかった。
まあだから何だという話だが。まだタマゴだった私はとある集落に捨てられ、そこの長である呪術師に拾われ弟子として育てられた。別にそれ自体に不満は無いし、何の生きる術も持たないいたいけなタマゴを捨てるようなクソ親に会いたいかと聞かれればそんなの微塵も思わない。
というより、そもそも以前の私は家族という繋がりへの願望を自分が持っているなど想像だにしていなかった。秘匿された部隊に勤める身ではとてもプライベートの繋がりなんて持てないし、第一、人との縁など金で買える分だけで事足りる。あるいは仕事以上の楽しみを他に見出すことは無かったとも言えるか。それだけ部隊での仕事は心躍るスリリングなものだったから、私はずっとこの天職に就きながら独り身を満喫するものと信じて疑わなかった。
悲鳴は甘美な高揚へと誘う音楽。潜入と裏切りは最期の仕上げを彩るスパイス。誰を虐げたとて心は痛まず、悪業の数々に対する罵倒はむしろ賞賛の言葉でしかない。
……その、はずだったのに。
そう、確かフラウラへの想いを自覚した頃だったか。少し雇い主たる商会長夫妻……フラウラの両親と話す機会があった。
まあ何のことは無い、仕事の近況だとか、契約内容の確認だとか、あくまで業務上の会話を少ししただけのありふれた一幕だ。そこにふらりとフラウラがやって来て。これまたとりとめの無い会話を親子でしていたのだが。
その時の夫妻の顔は組織のトップとしての姿ではなく、家族と語らう和やかなもので。それに気付いた瞬間、ありえないことだと頭ではわかっていながら。
「ああ、もしフラウラと結ばれたら彼らは私の義理の両親になるんだ」などと、立場を忘れて荒唐無稽な妄想に浸る私がいた。
考えるべきじゃなかった。
作戦決行時、私がすべきことなどわかりきっていたのに。
あんなに仕事が楽しくないと思ったのは初めてだった。正体を現した私へ向けられた夫婦の目、傷付き倒れた二人の恐怖と苦悶、いつもなら極上の快楽となるはずのそれらは容赦なく私の精神を抉った。
何より私を追い詰めたのが、その場面をフラウラに見られてしまったという事実。商会の襲撃が始まったらすぐ安全な場所へ逃げられるよう、彼女には偽の指示を出しておいたはずなのに。
あんな光景を、私の罪深き所業を、そしてあんな無様な顔を、彼女に見られたくなどなかった。
「まあ、過ぎた記憶だし今更思い悩むことでも無いのだが」
とりあえず今見ている光景が幻覚なのはわかっているので、頭上に憑りついているであろうものへ向けて“サイコショック”をぶつける。食らったダメージの感覚から毒使いであろうことは予想出来たが、どうやら想像以上に効果覿面の技だったらしい。幻覚が去ったので背後の敵を振り返ると、既に瀕死の状態らしく床でビクビクと痙攣していた。
トラウマを刺激して戦力の崩壊を狙ったのかもしれんが、馬鹿め、ゴーストに毒は効果がいまひとつだと知らなかったのだろうか。
とは言え嫌な思いをしたのは確かなので、すっかり動かなくなった怪物へ向けて一通り文句を吐いておく。
「全く嫌なものを見せてくれおって! 私は今妻に振られて傷心中なのだぞ!! ちょっとは空気を読んで優しくしろ馬鹿!!」
怪物の身を幾度かぺちぺちはたいてようやく気分が落ち着いた。全く、異界の怪物は意思疎通が叶わんから嫌だ。私は敵とだって楽しくお喋りしたい派なのだぞ。いくら話しかけても無反応では寂しいにも程がある。
「ま、気を取り直して新生教団の奴らでも探すか! フラウラの手がかりが見つかれば良し、見つからずともちょっと八つ当たりさせてもらえたら良し! ふっふっふ、裏切者共をどう虐めてやろうか楽しみになってき――」
戦闘も一段落したし当初の目的を果たそうと、改めて気合を入れたその時。
轟音と共に天井が崩れ何かが落ちてきた。
*
コクウの3章撤退前半です。迷宮教会【illust/118853199】【illust/119105917】にて虚呂異土の毒を食らい過去の記憶を見せられましたが、本人がそこまでトラウマを引きずっていなかったため自力で窮状を脱しました。
この後もう一投稿続きます。
コクウ【illust/118232143】
※時系列的には3章時点の出来事ですが、最終章期間中のため最終章イベントタグを付けさせていただきます。
2024-07-15 08:42:52 +0000