創作プロジェクト『フラグメント』
小説〜滅びの傷痕〜
以下本作の一部抜粋。
ようやくルティの背中を見つけた時には、探し始めてから三週間が経っていた。ちょっと意外だったのは、その時ルティが砂浜に立って、海の方を見ていたことだった。眠っていたわけではなかったのか、ちょうど目を覚ましたところだったのか。
「やっと見つけた……」
白い砂浜に降り立って、僕はルティの隣まで少し歩いた。さらさらと靴の裏で砂が崩れる。真昼の陽の光に照らし出されて、海は眩しく碧く輝いていた。
そして零の海は、大陸を囲う普通の海とは違って、その水面からきらきらと粒子が舞い上がってくるのが見られる。
「なにしてるの? こんなところで」
「……ここ、懐かしいから」
そう返すと、ふわぁ、とルティは海を見たままあくびをした。金色の髪が風に吹かれて、舞い上がる。きらきらと輝いた。その肩にはいつものようにうさみが乗っている……。なんとなく、目が合うような、合わないような……僕の方を見ているような、いないような……。思わずじっとみつめていると、くるりとルティは僕の方を向いた。
「探しにこいって、まおーに言われた?」
「あ、そうそう。けど、ずいぶん時間がかかっちゃったよ……ずっとここにいたの?」
「……この辺り、よく眠れるから、寝過ぎちゃうんだよねぇ」
つまり、二カ月近く……? でもまあ、ルティならあり得るんだよなあ、と思わず苦笑してしまう。
「まったくもう。変なところで寝たらだめだってば。……て言っても、ルティなら危ないとかもないしなあ……あー、ほら、風邪とかひくかもしれないし?」
「うーん……ひいたことないけど」
「だよねぇ……」
寝起きらしいルティはぼんやりしている。まあ、寝起きじゃなくても大体ぼんやりのんびりしてるのがルティなんだけど。
ルティがまた海の方に視線を戻すのに倣って、僕も久しぶりに訪れたこの場所の景色を、懐かしい思いで眺める。
零の海は、――本来、存在しなかった海だ。
かつて、《扉》に最も近く位置し、そして大陸で最も栄えていた、レーヴェという国があった。しかし《扉》が開かれてから一帯は魔族との最前線となり、地獄のような激戦地と化した。
そして熾烈な戦闘の末に、最後には大地ごと消滅した。
大陸の南東は大きく欠け、そこに海の水が流れ込んで湾ができた。それが《零の海》……当時の巨大な魔力の残滓が、いまだ周囲の魔力場を不安定にし、粒子をきらめかせる、どこか美しい滅びの海だ。
「帰ろうか、ハイト」
「そうだね。――というか、次遠くに出かけるときは誰かに言ってからにしてよね?」
「うーん、まぁ、気が向いたらね」
「……き、気が向いたらかぁ。……大変だったんだよ?」
「それはごめんね」
ルティは……昔から変わらない。けれど、僕に一番最初に生きる術を教えてくれた《あの人》が――再び、長い眠りから目を覚ます日が来るんだろうか。
僕たちは空へ舞い上がる。輝く海を突っ切って、塔都への帰り道をのんびりと辿った。
――『滅びの傷痕』フラグメント_Ray
2024-06-17 16:38:12 +0000