■ ピッカリン王子 ■

一会柿

「王子、やりましたな! 魔王を討伐しましたぞ!」

三十路の坂を越えたばかりの従者パレトルが、喜び勇んで王子の元へ駆けよった。

「あぁ、お前のおかげだ」

若干二十歳のピッカリン王子が、謝意を述べる。

このピッカリン王子、本名は別にあるのだが、その名前で呼ぶ者は殆どいない。何故ならば、王子は生まれ持った特殊能力を使う時、角のようになった髪の先っぽが必ずピカリと光るからだ。

その特殊能力とは「読心術」。要は、他人の心の中が読めるのである。だが致命的な欠点もあった。それは先ほど言った「髪の先が光る」というものだ。この光、実は能力が発動する三秒前に光ってしまう。だから、その光を見てからプロテクトの魔法を自分や他人にかけてしまえば通用しない。

よって効果があるのは、そういう魔法が使えない相手の時や、プロテクトの効力を無効にする魔法を使える者が、王子に同行している時のみである。それに能力の発動が誰の目にもハッキリとわかるので、少なくとも心を読まれたという自覚は誰にでも得る事が出来るのだった。

今回の魔王討伐。幾つもの不可解な苦難があり、多くの仲間を失いつつも最後はピッカリンとパレトルの二人で大望を果たす事が出来た。それはパレトルが自らの魔法で、魔王がプロテクトを張るのを妨害し、王子が魔王の心からその弱点を読み取る作業をサポートしたからである。

「では王子。仲間の冥福を祈りつつ。王都へと凱旋いたしましょう」

パレトルが、王子を促した。

「いや、まだ最後にやり残した事があるよ」

王子は微笑みながら言ったが、その目は氷のように冷たいものであった。

「は? やり残した事とは……?」

パレトルが、怪訝な顔をする。

「ちくしょう。上手く魔王と取引したのが、無駄になっちまったじゃないか」

王子が、唐突に喋りだす。

「……」

パレトルは、無言だ。

「でもまぁ、あの場面では、王子に味方をして魔王を倒させるしかなかったよな。魔王の奴め、俺を利用するだけした上で、奴隷にしようとしたのは明らかだ」

王子が、更に言葉を紡いだ。

「お、王子。一体何を?」

パレトルの顔が、どんどん青ざめていく。

「何をだって? それは、お前が一番よく知っているはずじゃないか」

王子は、笑いながら言った。

そうなのだ。今、王子が話した内容は、パレトルの心の声なのだ。

「な、なにを仰います。私がそんな事を考えているわけがないでしょう? 第一、王子の髪の毛は全く光っておりません。私の心を読めるはずがありません」

パレトルは、滝のような汗をかき始める。

「ふふん。その考えが間違っている事は、もうわかっているだろう?」

王子は、落ち着き払って言った。

賢明な読者諸君にはもうお気づきであろうが、そう、実は王子の能力、髪の毛が光る現象とは全く無関係だったのだ。

パレトルもその事を、すぐに理解した。何せ王子が話した内容は、紛れもなく自分自身が心に思った事だったのだから。

「だ、騙してたのか! 私を、そして皆を!」

自らの立場も忘れ、パレトルが激高する。

「あぁ、そうだよ。物心ついた頃の幼い私にだって、この能力が周りに気味悪がられている事はヒシヒシと伝わって来た。だから、髪の毛が光ってから三秒後に能力が発動すると思わせて、まぁ、何とか今までやってきたわけさ。

そうしてなかったら、たとえ王子といえども殺されていただろうね」

王子は、淡々と語った。

「だからお前が裏切っているのも、最初からわかっていたんだよ。僕だけがお前の罠を避け続けられた事を、不思議に思わなかったのかい?」

「……! い、いや、ちょっと待て。それならば、仲間の危機を回避させる事だって出来たはずだ。でも彼らは、俺の仕掛けた罠で次々と死んでいったじゃないか」

パレトルが、反論する。

「あぁ、救おうと思えば救えたさ。だけどなぁ、あいつら口では僕に忠誠を誓っていたくせに、心の中では僕の事を気味悪い化け物扱いしていたんだよ。そんな奴らを救う義理なんてないね」

王子が、吐き捨てた。

「な、なんて、なんて事を!」

パレトルは、自分の裏切りを棚に上げて地団駄を踏んだ。だが彼にとって、これは絶望的な状況である。王子は読心術の他にも優れた剣技と魔法を使える逸材だ。普通は弱点を知ったからと言って、魔王をおいそれと倒せるものではない。それが出来たのは、王子の実力が凄まじかったからである。とうてい、パレトルに敵うはずがない。

「……それで、俺を殺すのか?」

諦めきったように、パレトルが呟く。

「いや、殺さないよ。実は僕、お前の知略には感服してるんだ。心を読む能力が無かったら、僕は間違いなく死んでいた。いや、お前の奸計から逃れられる者など、この世には誰一人としていないだろう。

だからさ、お前にはこれから僕がこの国を、いや世界を作り変える手伝いをしてもらいたいんだ。

心を読む能力があったって、迫害されない僕だけの王国を作るためのさ」

王子の目を見て、パレトルは断れない事を悟った。

断れるはずがない。王子はパレトルの考えを全てわかっているのだ。奇襲や奇策が通じるわけがない。それに誰かに真実を伝えても全く信じまい。単なる一従者と魔王を倒した英雄。どちらの言う事を信じるかは考えるまでもない。

パレトルの運命は、既に決していたのであった。魔王の奴隷となるか、王子の奴隷となるか。

そして彼は確信したのである。この男こそ、世界の新しい魔王となるであろう事を。

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2024-06-14 15:21:32 +0000