信貴山急行デ5形のHOゲージ模型を持つ瑠唯。
☆大阪府八尾市にある近鉄・西信貴ケーブルの山上側の駅「高安山駅」から、戦前の1930年12月~1944年1月にかけてのわずか13年1か月間だけ、山上電車が走っていました。それが信貴山急行電鉄平坦線です。駅は高安山駅と、信貴山門駅の2つだけ、そして車両もデ5形と呼ばれる小さな車両が3両だけ。それでも、山岳路線であるためブレーキは戦前の車両には珍しく二重化されていたのが特徴です。途中でデ6を谷底への転落事故で失うも、残る2両は第二次世界大戦中の不要不急路線指定による休止まで活躍しました。
☆戦後の1957年3月12日、旧信貴山急行平坦線は復活することなく廃線となり、跡地は信貴生駒スカイラインの一部になりましたが、近鉄バス・信貴山上線が現在も高安山駅前~信貴山門とを結んでいます。他方、近鉄モ5251形と名を変えたデ5形は同時期に休止した西信貴ケーブル(1957年3月21日営業再開)を用いて山を下り(2枚目参照) 、南大阪線を経て伊賀線(現在の伊賀鉄道)に移籍し、このとき、廃車になっていた他車両からもらい受けた、通常のイコライザ台車に履き替えました。1977年、ATS運用開始とモ5000形・ク5100形への車種統一にともない引退し、2両とも解体され現存しませんが、現役時には貴重な山上電車の生き証人でもあったことから、静態保存での復元が待たれます。
☆デ5形時代の塗装は不明であるため、イラストのHOゲージ部分ではマルーンにしています。
2024-06-12 15:34:39 +0000