「ここは……」
朝日の眩しさに充てられて、長田が目を覚ます。
頭から爪先まで鉛のように重く、自分が何故外に寝ころんでいるのか分からなかった。
それでも何とか、思考を巡らす。
(幽霊族を援護するために、穴蔵へ赴いて……血桜(?)に捕まって……時貞翁が巨大化して……炎の妖怪が現れて……)
初めのうちはぼんやりとしていたが、段々と今までの出来事を思い出す。
(炎が、庚子様が初めて洗濯して下さった足袋に燃え移って……!!)
そこで一気に記憶が蘇る。
(そうだ……頭から水中へ落下して全身を強打……私は命を落としてしまった。あの状況から見て、庚子様が秘術を使って下さった……!)
寝ている場合ではない。
(庚子様と時弥は!)
ガバッと勢いよく上体を起こすと、頭がクラクラする。それは貧血の症状に近かった。
しかし経験則から問題ないと判断した長田は、頭を押さえながら周囲を見渡す。
すぐ傍で庚子が横たわっていた。長田と同じく全身びしょ濡れで、目は閉じられている。
「庚子様!」
口元に手を掲げると、静かに呼吸をしていることが分かった。念のため胸元に耳を寄せると、とくとくと脈打つ心音も聞こえる。
生きていることに大いに安堵すると、長田は庚子の肩を揺さぶった。
「庚子様、起きて下さい! 庚子様!」
「うっ……げん、ちゃん……?」
覚醒と、随分と久しいあだ名を呼ばれたことが嬉しくて、長田は思わず庚子を抱きしめる。
「良かった……庚子様!」
「! 嘘……無事だったの? 私たち、浸水したあの穴蔵で、確かに……」
庚子は驚愕に目を見開くと、ゆっくりと起き上がる。すかさず長田は、庚子の体を支えた。
「私が息を吹き返したのは、貴女のお陰です。貴方は恐らく、一生に一度きりの秘術を、私のために使って下さった。……本当にありがとうございます」
「幻ちゃん……」
龍賀に伝わる秘術中の秘術は、膨大な霊力と才能だけでは使えない。
必要なのは、"不滅の愛"――。
それを二人は知っている。だから長田が戻ってこれたのは、即ち庚子が長田を愛しているという証明であることを、二人は理解していた。
長田は庚子の両手を握りしめる。
「一生かけて、貴女に恩を返し……」
「傍にいてくれれば、それでいいの」
庚子は敢えて言葉を遮る。
「恩を返すよりも、私の傍にいて。貴方も私も、足りなかったのは会話する時間……言葉足らずは嫌。手紙よりも、直接貴方の口から言葉が欲しいわ。もう疑いたくないし、すれ違いたくない」
「庚子様……分かりました。これからは手紙にしたためるのではなく、必ず言葉で伝えます。だから改めて、生涯貴女の隣を歩かせて下さい。……愛しています。二度と不安にさせないと誓います」
「約束よ……私も、愛してる」
見つめ合う長田夫婦を、ごく至近距離(湖)から眺めている影が一つ。
長田夫婦を岸辺まで運んだ一人、河童である。
仲間に頼んでおいた低体温を防ぐ薬を渡そうとしたところ、目の前でロマンス(愛の語らい)が始まってしまい、話しかけるタイミングを失ってしまったのだ。
「なんて熱いんだ……皿と甲羅が乾いちまうぜ」
空気の読める河童なので、彼は静かにしていた。
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画面の下にチラチラ黒い物体が映っていたから、何だろうと思っていたら、まさかの河童でしたね(`・ω・´)まだいた。
書き切れなかった、禁域脱出後の長田夫婦。
時ちゃんも目覚めたら、両親が無事で安堵することでしょう!
2024-05-26 16:06:42 +0000