ゴーナナ

うきは

「57」を冠する車両には名車が多い
国鉄のC57然り、EF57然り
そして私鉄ならこの東武5700こと「ゴーナナ」かと思う

戦後復興期、一段落の気配を見せ始めた1951年から2連6ユニット12両が製造された
おりしも国鉄が上野~日光間の快速列車を運転し始め、東武としてはこれに対抗しうる車両を欲していた
登場時は正面半流線型2枚窓非貫通型と貫通型の2種が用意され
非貫通2枚窓の車両はその塗装と相まって「猫ひげ」と呼ばれた
最近、東武博物館にお輿入れした5700系保存車はこの猫ひげを復元しているので今でも往時の姿をしのぶことができる
現役時代、分割併合の利便性を高めるために全車が貫通型に改修されており、引退時までその姿を固辞した
他の私鉄の多くの特急車が後継車出現と共に格下げされ一般化される中で、この形式だけは最後まで優等運用に使われ続けた
いかに「特急型」として東武の社員に、そして乗客、ファンに愛され続けたのかがわかるかと
無粋なドア増設ロングシート化なんてものはこの形式には似つかわしくないということだ
1700系、1720系が出現すると日光特急運用の第一線から退き、伊勢崎系統の急行列車で使われた後、
晩年はもっぱら臨時の快速急行や団体貸切列車に充当され、1991年惜しまれつつ引退を迎えたのだった

僕がたった一度だけ乗ったのも、東武日光発の臨時快速急行「だいや」だった
多客期でDRCの指定券が取れず、やむを得ず確保したのがこの「だいや」の乗車券だったが
期せずして最初で最後のゴーナナの旅を終点浅草までフルに満喫できることとなった
余談だが、このときゴーナナに乗れたおかげで、反面1700/1720にはついぞ乗ることができなかった

イラストは「だいや」のヘッドマークをつけて快走するゴーナナ
乗車したのは1980年代の前半だったと思うが、当時ですら製造後30年経過しているにも関わらず衰えを感じさせない駿足だったと記憶している
なにより豪快な釣り掛けサウンドが最高だった
ヘッドマークは付いていたと思うのだが、到着後に浅草で撮った写真にはヘッドマークが付いていない
外されたか?でも到着後すぐだったと思うんだけどなぁ・・・

#だいや#ゴーナナ#釣り掛け電車#railway#東武5700#5700系

2010-06-26 13:39:01 +0000