果つる夢

尾張春巻

「夢を見たわ。」

「どんな?」

「ずっと昔に月へ旅立った、お姉さまの夢。」

「え?月へ?」

「うん。そのお姉さま、ルビ姉さまといったのだけれど、私が小さい頃によく遊んでくれてね。よく色んな国を旅して、私に異国の珍しい遊びや本の話を色々教えてくれたものよ。」

「へー。玉徒のひとたちにも外の世界へ出ることがあるのね。ずっと崑崙山の桃源郷で平和に暮らすのかと思ってたけど。」

「ルビ姉さまは特別だった。あのひとはとても偉い研究者でね。宵闇を操る術を研究するために、世界のあちこちを飛び回って呪術やら占星術やら錬金術やらありとあらゆる学術を学んでいたのよ。このお守りもルビ姉さまが作ってくれたもの。闇をもって闇を制する術。お姉さまはその術を使って月の"陰"の部分を守護していたのよ。」

「月へ行ったのもそのため?」

「そう。ルビ姉さまは術の最終段階を練り上げるために、自らの身を月の陰の部分――姮娥さまと同化したの。ルビ姉さまの術によって、姮娥さまは西王母さまと同じく、完全なる"真円"となった。今の彼女たちは月の表と裏の関係。たとえ一方が損なわれても、補い合い、やがて再生する。そうしてお月様は、何者にも脅かされない完全な存在となった、はずだったのよ。」

「すごい偉業を成し遂げたのね。そのお姉さまは。でも、お月様は……」

「ええ。あの満月の夜、玉徒の一族もろとも、あの化け物に食われてしまった。何が起きたのか、全貌は未だにわかっていないわ。」

「よほどのことがあったのでしょうね。大抵の敵は寄せ付けなかったのでしょう?ねえ、そのとき、そのルビ姉さまがいる陰の部分っていうのも食べられちゃったの?」

「そのことなんだけれどね……。どうも違うみたい。昨日見た夢でね。私はいつものように、あの化け物に会いに、ごつごつした坂を登っていたのだけれど、案の定、どう進んでも元の道に戻されちゃって。別の咒具を使って再チャレンジしようと歩き出したら、後ろから突然『メル、忘れ物だぞ』って声がして。あ、ルビ姉さまの声だ。って振り返ったら、ルビ姉さまが立ってたのよ。それも"見えなくなる"以前の姿のままで。それで大きな桃の実を3つ渡されてね。『これで途中にある3つの岩をぶっ壊せ』って言うから『えーい!』って思いっきり投げたら爆発して、奥に道が開いて進めるようになったの。」

「すごい夢!その様子だとルビ姉さま、まだ食べられていないじゃない。」

「うん。ルビ姉さまは多分、まだ"こちら側"にいるんだと思う。そして月の陰の部分――姮娥さま本体も。私の目では見えないけれど。ずっとそばで見守ってくれている。そんな気がするわ。」

「心強いわね。年末にいい夢が見られたじゃない。それじゃ、ルビ姉さまの思し召しにあやかって、次の探索には桃に因んだお守りを持っていこうかしらね。あと、ゲン担ぎに桃タルトでも食べましょうか。好きでしょ?桃。」

「ふふ、いいわね。お茶に合いそう。」

#rabbit ears

2023-12-30 23:10:18 +0000