ニル×アーロイ、色々捏造、いつもの。
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「それがいいな、ストームバードのやつ」
「6シャードだよ」
店の主人はそう言って、出店の梁から下がる幾つもの品のうちアーロイが指差した物を下ろす。アーロイがポーチからシャードを取り出す間に、主人は糸や骨組み、布の状態をざっと点検した。
「無傷で返してくれたら4シャードあんたに戻そう。壊れてしまっても修理可能なら2シャード、全損か紛失か、気に入って買い取りたいってんなら戻りは無し、最初に預かった6シャードはそのままうちがもらう仕組みだ」
「なるほど」
シャードと引き換えに手渡されたそれは決して重いものではなかったが、見た目の印象より軽いものでもなかった。
細いひごの骨組みに密度のある布がぴっちりと張られている。菱形で、尾ひれが二本ついたオーソドックスな形、中央には青い塗料で羽根を広げるストームバードの意匠が描かれている。繋がる糸巻きの方が重いかもしれない。飾り気のない造形が道具としての純粋さを醸し出しており、アーロイはそれを好ましく思った。
「今日は上の方の風が強いから、指を切らんように気をつけなよ」
主人の言葉にアーロイは頷いた。
貸し凧である。
出店の前にある開けた場所では子供たちが等間隔に凧を泳がせている。そこからさらに離れた場所まで歩き、アーロイはニルを振り返った。
「このへんでいいか?」
「ああ、まずは手袋をつけろよ」
ニルは言いながら自分で借りた分の凧をいじる。糸を凧の近くまで巻きつけ、糸巻きごと背中側の帯に差し込んで凧を体に固定した。アーロイはオセラム製の革手袋を右手にはめる。
「お前の分は揚げないのか?お手本を見せてくれるのかと思ったんだが…」
「ストームバードを飛ばしてからな。やり方は、さっき子供が揚げているのを見ただろう?」
「こう、掲げながら走っていたな。あの子は慣れているようだった」
通りしな見た子供の真似をしてアーロイは片手で凧を掲げてみせたが、ニルはそれを下から受け取るようにして取ってしまう。
「そっちじゃなくて、二人で走る方法でいこう」
ニルは菱形の下側二辺のそれぞれ中央をつまむようにして、アーロイが最初に掲げた時の角度を保ちながら凧を支える。
「別になんでもお前一人でやることはない」
その一言に、アーロイは一度、瞬きをした。
ゆるく糸を張った状態で、七歩後ろに凧を持ち上げたニルが立っている。いつでも走り出せるよう糸巻きを構えながら、アーロイはニルと二人で走る様を想像して滑稽な気分になっていた。凧揚げをしてみたいと言い出したのはアーロイの方だが、こうもすんなり事が運ぶとは思っていなかったのだ。
カージャでは建物の屋根や軒先から凧を繋いでいるのをよく見る。ノラやオセラムの集落では旗か吹流ししか見たことがないので文化的なものだろうとは思っていたが、実際カージャ領内を旅する途中でよく見る“人の手で凧を揚げている風景”は子供が遊びに興じているそればかりだった。だからニルが積極的に協力してくれるのも、今この時ですら不思議な気がしてならなかった。
俺が合図したら一度強めに糸を引け。風に乗り上げる手応えがあるから、そのまま緩めない程度に糸を張り続ければ凧は勝手に上昇する。糸は左右に振るなよ。
レクチャーはそれだけだった。
慣れてるやつの言い方だ。
「無風だが!」
アーロイは声を上げた。
午前の陽は穏やかで、遠くの雲に動きは見えるが、地上はほとんど風を感じない。
「だから走るんだよ!」
「ああなるほど」
ニルの返答で急に合点が入ったアーロイはそのまま彼に頷き、二人は同時に駆け出した。
小走りで風が生まれる。
後ろへ繋がる糸はまだ軽いが、ニルが凧の位置を調整しているような気配を感じた。
程なくしてニルの合図が聞こえ、アーロイはぐい、と糸を引っ張った。凧の面が風にぶつかる感触がして走りながら振り返ると、ぐらつくように揺れる凧が見える。上に向かって揺らいだ瞬間、ニルが再び「引け」と叫ぶ。抵抗はさっきより重い、しかし空気の層に乗り上げる手応えが強くなり、暴れる尾ひれが何度か風をいなすのが見えた。
「走れ走れ!」
追い越しざまニルが笑う。アーロイはまだ少し緊張していたが、直前に見た子供達は挙げ手の子以外もみな声を弾ませ、一緒になって走っていたのを思い出した。
背丈の倍ほど上がったところで凧が完全に風を乗りこなす段階に入ったと感じ、徐々に走りを止めつつ上へ昇ろうとするに任せて糸を送り出すと、ストームバードは一直線に空へと伸びていった。うまくいった。青い塗料が日の光を受けて輝く。
凧は安定しているが、出店の主人が言った通り上に行くほど糸にかかる力が強くなる。時々左右に振られる感覚があり、あまり高くしない方が良さそうだと判断したアーロイは糸巻きに糸を巻き付けながら高さを調整した。凧を操作するたび右手に糸が食い込むが、革手袋が指を守ってくれる。
「どうだ、アーロイ」
隣で凧を見上げながらニルが聞く。
「楽しい」
アーロイは答えるが、顔にかかった髪がひと束口の中に入り込む。いつの間にか地上にも風が出てきたみたいだった。
小指で髪を引き出すアーロイを見て、ニルは背中に固定していた自分の凧を取り出した。
二人の間に十分な距離を取り、ニルは糸巻きから多めに糸を繰り出すと右手に数回弛ませて巻き、風下に向かって凧を掲げた。両手で持ったままでは糸を引けないのではとアーロイは訝しんだが、それが杞憂であることはすぐに分かった。
ふと風が止み、ニルが構える。
次の瞬間、大きなかたまりのような風が吹きつけると同時に勢いよく凧を引き下ろし、返す手で糸を引き、数歩後ずさる。今のひと吹きを利用して弾むように飛び上がる凧に、あらかじめ引き出しておいた糸が放たれてゆく。ニルはアーロイの凧よりやや高い位置につけたところで上昇を止め、二、三度糸巻きを引いて凧を安定させた。
ストームバードの急上昇みたいだ、とアーロイは思った。
しかしニルの凧の図柄はストームバードでもグリントホークでもなく、カージャによくある幾何学的な線で抽象化された荒野のメサの風景画だった。赤茶の塗料で描かれ、アクセントに黄色が少し使われている。好きな色で選んだのかもしれない。
「確かに風が強いな」
ニルは持ってきていた革の端切れを取り出して右手の指に巻きつけてから、器用に糸を引っ張って凧を八の字に回してみせた。
「凧同士をぶつけて相手の凧を落とす競技がある。北部の集落ではよくやってるが、見たことあるか?」
「いや、ないな。ぶつけたら糸が絡んで自分のも落ちるんじゃないか?」
「そこを上手くやるのが腕の見せ所だ」
どうやらコツがあるらしい。
「張りつめる糸、突風をいなす瞬発力、相手の隙を突く一撃」
ニルは楽しそうに語るが、今の段階では凧を空中に泳がせているだけで十分楽しめているのでここからさらに勝負事が発生するなんてごめんだな、とアーロイは思う。
「それより、さっきの揚げ方を教えてくれよ。ぶん!ってやつ」
「見せたまんまだ、お前なら出来るだろ。だがあれは風が吹いてないと凧を地面にぶつけるか、最悪自分にぶつけ(文字数足りず)
2023-09-09 13:15:39 +0000