🌸「うそつき…♡」

＋慧＋＠C105（日）西か-4

「おや！トレーナーさん奇遇ですね！」

休息日にショッピングモールで買い物をしていると朗らかな挨拶が飛んでくる。
そこには担当であるサクラバクシンオーが私服姿で立っていた。

「バクシンオーも買い物？」
「はい！一か月後必要になる物を買いに来ました！」
「は、はやいね」

ガサガサと物がたくさん入ったビニール袋をこちらに見せてくる。

「トレーナーさんも買い物でしょうか？お困りでしたらお手伝いいたしますよ！」

今日ショッピングモールに来たのは彼女に合うシューズなどを探そうと思っていたためだ。
そのことを伝えると

「なんと！先のレースを見据えたそのバクシン的行動！さすがは私のトレーナーさんです！ささっこの私の脚が必要でしょう。共にシューズショップへ参りましょう！」

言うや否やこちらの手を取り、シューズショップへと走り出す。

「走らなくてもお店は逃げないから！」
「何をおっしゃいますか！時は金なり。つまり速さこそバクシン的価値があるのですから！」

通行人を華麗にかわしながら目的のシューズショップへと到着する。
レース場に比べれば小さいショッピングモールなので彼女は息を切らすことなく立っている。

お店には多種多様な靴が置かれている。
普段使いから登山用。
それからウマ娘のトレーニング用からレース用など。
店員もヒトとウマ娘それぞれいるため、ニーズに合った説明が期待できる。
そういうこともあってか、シューズショップは客入りがとても良く、活気に溢れていた。

自分も靴を物色し始める。
メジャーな物から新発売のもの。
それぞれ一つひとつ手に取り感触を確かめる。

最近の彼女は短距離だけでなくマイルまで距離を伸ばすことが出来た。
これからはマイルでコンスタントに活躍出来るようにマイルに合ったシューズを見にきていた。

「トレーナーさんこちらのシューズなどいかがでしょう！」

脇からニュッと出てきた彼女が持っていたのは青いシューズだった。
「軽量化されていて疲れにくくなるというこのシューズなら長距離を走る私にピッタリでしょう！」

ズキリと心が痛む。

「それも良いね。だけど今はこっちの方が君の走りを輝かせてくれると思うんだ」

自分が手に持っているのは全体が黄色いシューズ。
「こっちはパワーと柔軟性のバランスが良さそうなんだよね」
「ふむふむ、なるほど。流石私のトレーナーさん。私のコンディションをしっかり把握していらっしゃる！」

はっはっは！と笑う彼女を見て自分も釣られて微笑む。
その隙に彼女が持っていた青いシューズに手を伸ばし棚に戻そうとする。

「ところで私はいつ長距離を走れるのでしょうか？」

取り上げようとした靴をガシッと掴まれる。
彼女はこちらの顔をしっかりと見つめながら聞いてくる。

「……もう少ししたら」
「トレーナーさんの中にはもうビジョンが見えているのですね！バクシン的千里眼です！」

彼女はまた笑うがその手を離さない。
「だからバクシンオー、今はそれを……」
「ビジョンが明確なら先に購入しておくのは良いですよね？」

心臓に冷たい血液が流れていくような感覚。

「……そうだな！それも一緒に買ってあげるよ！」
そう言って自分は手を放す。
彼女はニッコリと笑い会計へと進んでいった。

「今日の買い物はとても有意義なものでしたね！」

紙袋とビニール袋をブンブンと振りながら前を歩く彼女。
自分もいくつかの靴が入った紙袋を持ちながら彼女の背中を見る。

「これで明日からのトレーニングもバクシン出来そうです！」
「それは良かった」

彼女らしく走れるのであれば、それで良いと思いながら彼女の話を聞く。
気が付けば周りに人気はなく、自分たちしかいなかった。

パサリ。

気が付くと彼女は髪の毛をまとめていたリボンを解いていた。

「バクシンオー？」
「ところでトレーナーさん」

「長距離レースの出走は具体的に決まっているのですか？」

心臓が跳ねる。

「先ほどは『もう少ししたら』とおっしゃっていましたが？」

カチューシャも外した影響できっちり整えられた前髪が崩れ垂れている。

「……具体的な日付はまだ決まってない」
「そうですか」

「うそつき……♡」

彼女の目を直視できず顔を逸らしてしまう。

「……今はマイルで活躍して、徐々に距離を伸ばしていこう。それから中距離に挑戦していきたいと思ってる」

現在、自分が考えているプランを話す。

「トレーナーさんは私が長距離を走ることが出来ないと思っているのですか？」
「いや走れる」

それは彼女をスカウトした当時から思っていた本心だ。
実際に彼女は短距離しか出来ないと言われていたところをマイルまで伸ばすことが出来た。
時間はかかったが不可能ではないという証明でもある。
だからこそ、彼女の大事な時期を使い潰してでもやっていこうと決意したのだ。

「そうですか」

長い沈黙で包まれた空間を彼女澄んだ声が切り裂く。
カツカツとこちらに歩み寄り、こちらの耳元に彼女の顔が近づく。

「これからも上手に騙してくださいね」

気が付けば彼女はカチューシャも付けていて、トップ目に髪を纏めていた。

「さあトレーナーさん！寮までバクシンしますよ！」

いつもの元気さ溢れるサクラバクシンオーの瞳は桜のように鮮やかに煌めき、こちらを見つめていた。

2023-08-16 10:00:00 +0000