晩年は緑内障の影響で、貧しい家の彼女は医者にもかかれずに失明をしてしまって盲目になってしまう。しかし、彼女は心の目で何でも見えていたため全て分かっていたし、不安でも怖くもなかった。心の目で愛する夫・辰雄や、愛する我が息子・史郎Jrの事、大好きなホテイアツモリソウや木蓮すらも見る事が出来た。
しかしそんな彼女も、余命宣告どおりの1年後に結核と脚気による心臓麻痺で亡くなってしまう。
人々は彼女を、大正琴弾きでトランペット吹きの「春琴」と呼んだ。春琴とほとんど似たような人生を送ったからだ。
亡くなった彼女の顔も痛々しく、以前大火事の中、顔に真っ赤に燃えた石炭を押し付けられて、熱湯をかけられ、大火傷を負い、皮膚は赤向けにとろけ、半分骨が見えているような悲惨な顔のままだ。それでも夫の辰雄と、幼馴染みの小平脩は
「君は世界一美しい女性だ」
と、最後まで声をかけた。
の絹重は亡くなった時に、辰雄が彼女のために繕ってくれた白紬の赤い鹿の子柄の着物と袴を身につけられ、髪には婚約の時に辰雄がくれたホテイアツモリソウと赤モクレンの簪を付けられていた。
しかも彼女の体にも顔にも火傷の傷一つ無い。痩せ細っていた顔も体もふっくらとしており、おまけに目が見えている。心の目ではなく、自分の目で世界が見れている。
彼女はそのままの姿で、黄泉の国に向かう光のトンネルを歩く。
しかし不思議なことに、31歳だったはずの絹重の姿は前に進むに連れてみるみる若返り、衣装もいつの間にか学生時代の制服に変わっている。
そしてトンネルを出ると、目の前には入笠湖とホテイアツモリ荘…若き日の自分の時代に戻ってきて、再び人生のやり直しが女学生時代から始まるのであった。
2023-08-13 09:27:36 +0000