トレセン学園で風邪が流行っているのかマスクを付けているウマ娘がちらほら見える。
「スカイ、君は大丈夫か?」
担当であるセイウンスカイに近づき体調がどうか聞く。
「けほけほ。あちゃーこれはセイちゃんも風邪ひいちゃいましたかね~。これは午後のトレーニングはお休みですね~」
彼女はいつもの軽いノリで咳き込む。
「その調子ならいつも通りのメニューで出来そうだな」
「えぇ~トレーナーさんってば担当のウマ娘をいじめるんですか?こんなに苦しそうなのに」
両の手のひら上に向けて頭を傾げるその姿はどう見繕っても健康体そのものに見えた。
「あなたね、トレーニング出来る時にしておくに越したことはないわよ」
教室の中からマスクをつけたキングヘイローが声をかける。
「そうだよな。こういう時こそトレーニングをしてみんなから一歩前に進むチャンスだよな」
キングヘイローの言葉に感銘を受けた自分が言葉を返す。
「一流を目指すキングであればそうするわね」
おーっほっほっほと高笑いしようとした瞬間、盛大に咳き込む。
「大丈夫か?」
豪快な咳き込み方が心配になり、彼女の背中をさする。
「……」
落ち着いてきたところで彼女から「ありがとう」と言われたのでさするのをやめて廊下の方を見る。
そこにはセイウンスカイの姿はなく、教室の方を見ると前方の席に既に座っていた。
話しかけようと思った直後、チャイムが鳴ったので教室から出てトレーナー室へと向かった。
季節特有の物なのか、最近風邪を引いているウマ娘が多い。
アスリートである彼女らにとっては今とてもつらい時期だろう。
セイウンスカイは見た感じ風邪をひいてはなさそうだが、予防することに越したことはない。
トレーナー室に向かうつもりだったが、その前に購買に寄り予防になりそうなものを買い込み、今日のトレーニングに臨むことにした。
のど飴やヨーグルト、ハチミツに経口補水液など。
免疫を上げられそうなものを買いトレーナー室でトレーニングメニューを考えているとLANEの通知が入る。
[少し遅れます。あ、ちゃんと行きますのでご安心を]
何か用事が入ったのだろう。
彼女がこうやって連絡をくれる時は練習をすっぽかすことはないので「了解」と送り作業に戻る。
集合時間から30分過ぎた。
彼女はいまだに来ていない。
何かあったのかと思いLANEではなく、電話をかけてみる。
耳に当てたスマホからプルルルと音が鳴ると同時にドアの向こうで着信音がかすかに聴こえてきた。
聴こえてきてから一拍置き、電話が繋がる。
「……もうなんですかトレーナーさん。けほっ……ちゃんと行くって言ったじゃないですか」
そう言うのと同時にトレーナー室のドアが開く。
「セイちゃんがトレーニングをサボるわけないじゃないですか~」
目の前にいる彼女から発せられる声と耳元から聞こえる音声で立体音響のようなに伝わってくる。
しかし、それはどうでも良かった。それよりも気になることがあった。
「スカイ?大丈夫か?」
彼女の口元には市販されている白い不織布のマスクが付けられていた。
思い返せば、先ほどの電話のやり取りの中でも彼女が咳き込んでいた音が入っていた気がする。
「あーこれですか?いや、大したことないですって」
通話停止ボタンを押されたことにより、彼女自身の声だけが聞こえてくる。
「熱もないですから普通にトレーニングできます……ゲホッゲホっ!」
「スカイ?!」
身体を折りたたむように咳き込む彼女の姿を見てすぐに駆け寄る。
近寄っている間も彼女は咳を続け、マスクの上から手で押さえている。
「大丈夫か?」
彼女に寄り添い背中をさする。
先ほどまでの豪快な咳き込みは落ち着いていき、小さなけほっけほっというものになっていく。
しばらくさすってあげていると彼女は上体を起こす。
「スカイ、大丈夫か?」
前髪と顔半分を覆うマスクのせいで彼女の表情は見えず覗き込むと
「……おやおや~?」
「スカイ?」
「マスクして咳き込んだだけでそんなに心配するなんて、トレーナーさんセイちゃんのことす……気にしすぎじゃないですか?」
彼女はマスクを人差し指でずり降ろしながらこちらを見る。
その表情はいつもの飄々としたものだった。
その姿を見てため息が出る。
「当たり前じゃないか」
自分はそう言って彼女の両肩に手を置きこちらを向かせる。
「俺の人生を賭けているんだから」
自分の生きていく時間を全て費やしても彼女の走りを応援したい、もっと見ていたいと本気で思っている。
だからこそ、彼女が元気に走っていられるようにトレーナーという仕事を続けている。
「君の周りで風邪が流行っているからそういうイタズラを思いついたんだろうけど、本気で心配になるから今後はやめてくれ」
自分はそう言って先ほど買い込んだのど飴や経口補水液などが入ったビニール袋を手渡す。
「周りであれだけ風邪引いている人がいたから君もかかっているかもしれない。今日は休みにしよう。それ摂ってゆっくり休むんだ」
頭を撫でながら彼女にそう伝えるとカサリとビニールの擦れる音が響く。
「……まあトレーナーさんがそこまで言うなら遠慮なく休んじゃいますかね~」
ニシシと笑う彼女の表情は付け直したマスクの影響で目元しか見えない。
ドアを開き外に出た彼女は俯きながら
「……明日はちゃんと元気に来ますから」
そう言って静かにドアを閉める。
直後、廊下を駆ける音が遠ざかっていくのが聴こえた。
「……ちょっと過保護しすぎたかな?」
彼女の演技に騙され休みと食べ物を与えてしまったことを今になって軽率だったかもと振り返る。
「でもたまにはいいか。最近頑張ってたし」
最近の走りは絶好調で褒めてあげる点しかなかった。
「明日のトレーニングメニュー考えておくか」
元気に走るセイウンスカイの姿を思い浮かべながらデスクに戻ることにした。
--------------
全文(3290字)は小説で。
novel/20336413
2023-07-26 10:00:03 +0000