「うぉぉーーー!ブレブレ!じんじん!!助けちくりーーー!!」
強襲を受けたレオンズモート城郭上での剣戟は、敗色濃厚。
右翼を損傷し空へ逃げることもできず、下半身のホバーによる
最低限の機動だけで鶴賀党の刺客、朧とその配下の猛攻を耐え凌ぐ
アルルアリエスの前に、ハウンスカルが立ち塞がる。
見渡せば、他のレオンズモート所属機も集結し、
城郭に次々に乗り込んで寄せ手との交戦に入っている。
「ここまでだな、鶴賀党。大人しく退くがよい」
「なるほど、細河流のお嬢様だったのですね!
まさかカエリムに落ち延びていらっしゃったとは驚きです!」
刃角の警告を受けてなお、丹には余裕が伺える。
「ところで、お忘れになっているのではありませんか?
貴殿たちが警戒すべき相手は、他にもいたのでは?」
その言葉に真っ先に反応したのは天守閣から
状況を見下ろすクララだった。
「カノロン卿!九尾党がこちらの索敵網を突破しました!!
グリンデルの背後を狙うはずです、警戒を!!」
即座に、グリンデル城砦直近に控える友軍に連絡を飛ばす。
「承知した。城砦の防御結界は、今は河床に設営された
ボルソルンの砲台に備えて北側に集中されている。
南は丸裸だ。我々も防御に回ろう。合流できるか」
カノロン卿の対応は冷静かつ的確だった。
拠点防衛に長けたダークグリーンタワーをはじめ、航空戦力も含む
麾下が南に回ってくれればある程度は凌げるだろう。
「敵の位置も規模もわからない。でもきっと、
こちらの方が近い。一刻も早く見つけないと・・・」
だが、レオンズモートの足でもなお、追いつけるかどうか。
「っちゅーことなら!あーしに任せちゃいな!!」
当座の危機をハウンスカルに押し付け、余裕を取り戻した
ルルシェがネイルビットを四方に飛ばす。
「デカいキャンパスだな・・・燃えてきちゃうぜぇ!!」
レオンズモートの城壁に、アルルアリエスの筆が躍る。
施す加護は加速。それも、燃費を度外視した高出力の強化術式だ。
トライバル調のファイアパターンに彩られた城壁が
炎に包まれ、レオンズモートの巨重を猛然と驀進させる。
未だかつてない急加速に振り回されながらも、
レオンズモートを舞台に鶴賀党とハルフたちの戦闘は続く。
「むぅ・・・ちょこまかと逃げ回ってくれる!」
「それはそうさ。奴らの狙いは時間稼ぎだ。
九尾党を探す僕たちを妨害し、あわよくばレオンズモートを陥とす。
正々堂々と僕たちと戦う必要なんかないのさ」
パワーや装甲では優っていても、足回りでは索敵機には敵わない。
せめて、逃げ回る鶴賀党がレオンズモートの設備に
被害を出さないように追い回すが有効打には至らない。
まるで軽業のように防壁上を駆け巡る朧が、
クララたちが座するレオンズモートの天守閣へと跳躍する。
「まずいぞ・・・刃角!!」
「任せよ、許嫁殿。細河流五行・大縄法!六条煙鎖縛!!」
炎から伸びる煙が鎖を成して、朧を捉えるべく執拗に追い縋る。
・・・が、あと一歩のところで両者の間にレオンズモートの
天守閣が割り込み、捕縛には至らない。
「消えた・・・彼奴の得意の隠形術だな」
建造物を交差し、視線が切れた一瞬のうちに行方を眩ませた
敵機の姿を追い求めるハルフだが、その痕跡は見当たらない。
・・・天守閣を離れ、次に狙うべき標的があるとすれば?
「───ルルシェさん!!」「はへ???」
凄まじい速度で燃焼していく加速魔術を重ねがけすることに
集中していたルルシェが、素っ頓狂な声を上げた頃には。
「いや・・・多くね!?」
隠密たちの全員が、無防備なアルルアリエスへと殺到していた。
城砦付き魔導騎隊と言えば聞こえは良いが、その実態は
正規の軍事教練も受けていない市民兵でしかない。
百戦錬磨の大十島の斥候を抑え込むのは荷が勝ちすぎたのだ。
「───やれやれですね。
着任のご挨拶は、丁重にさせていただきたかったのですが」
最前列を走る素破が後続の視界から消える。
一拍遅れて、城外に突き落とされ無様に転がる仲間の悲鳴。
突如目前に降り立った大鷲が、騎士へと変幻する。
「我が主、ロッソアクィラ子爵の命を受け」
広げた両手。握られた黄金の銃から走る見えざる衝撃が
左右の穿孔を城郭から吹き飛ばす。
「───と、いうわけではございませんが」
はね上げられた爪先の裏、仕込まれた爪が
素破の顔面を鷲掴みに捉え、問答無用で投げ飛ばす。
「一身上の都合により。助太刀させていただきましょう、
ハルフ・ブレアクア卿」
唯一、襲撃者の背後へ抜けた最後の穿孔が倒れ伏す。
その背に、天より飛来した2刀を受けて。
四肢と二剣が同時に閃き、全ては一呼吸のうちに完結していた。
「・・・か、かっけぇ〜〜〜・・・」
ルルシェは己の危機さえ忘れ、
天守閣へと恭しく首を垂れる濃紺の背に魅入る。
「フェズニル・ブラウブリング、及び我が愛騎カラドリウス。
故あってレオンズモートに参陣いたします」
徐に面を上げ、残る鶴賀党の首領、朧に対峙する。
その背後にはすでに、レオンズモートの魔導騎隊が控えている。
「うーん。どうやらここまでのようですね!
それでは、また。ごきげんよう!!」
すっぱりと割り切った丹の行動は早かった。
疾走するレオンズモートから身を投げるや、空宙で幻術を展開。
姿も見えず、着地点さえわからぬとあっては、
もはや追跡などできようはずもなかった。
「引き際がいい。ああいう手合いは後々面倒ですよ」
訳知り顔でうんうんと一人頷くカラドリウス。
「さて。フェズニルさん・・・でしたか。
ロッソアクィラ子爵家の嫡男、バーン殿の
魔術指南役を務めておられましたね。
その貴方が、なぜこのレオンズモートに?」
彼女の言葉を素直に受け止めるなら、
戦力不足が露呈したレオンズモート魔導騎隊にとっては
得難い助っ人になるだろう。だが・・・
「あ〜、わかるー!移動するお城なんてちょ〜アガるよね!!」
「ルルシェさん。今は少しお静かに願います」
「ンだよー、ブレブレのケチぃ」
拗ねるルルシェに、フェズニルが余裕のある微笑を向ける。
「ええ。このレオンズモートは実際、希少な存在です。
機動性を備えた兵站拠点に、垂直離着陸可能な
可変航空機が配備されれば、索敵能力は格段に向上します。
この可変機構の試作騎、カラドリウスの運用実験には
最適な舞台だと思い定め、馳せ参じた次第。
そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」
・・・なるほど。理には、叶っている。
「・・・そして、ここでの試作騎の稼働実績と戦果を
足がかりに、可変魔導騎の量産化に漕ぎ着ける。
あわよくば、実働実験に協力した僕まで
その新型騎の開発に巻き込もう・・・そんなところですか」
渋面を浮かべるハルフに、我が意を得たりとフェズニルが破顔する。
「ご明察。さすが、ブレアクア伯爵家の神童でございます。
さぁ、共に魔導騎開発の歴史に革命を起こしましょう!!」
馴れ馴れしく肩を組むカラドリウスと、項垂れるハウンスカル。
それが、魔導騎開発史に新風を吹き込む嚆矢になろうとは。
当時はハルフ自身、知る由もなかったのである。
2023-07-23 18:14:40 +0000