「ーーそっか……そういう話をしてくれてたんだね」
帝国との会戦後の夜、連合の陣幕で茶髪ちゃんとふたりきりで話しているあなた。
戦いを終えて陣に戻ったあなたは、帝国の女将軍との一騎討ちと彼女を逃した一部始終を遠くから見ていた他の将軍に詰問されました。
茶髪ちゃんは諸将を集めてあなたを問い質し、あなたもそれに正直に答えたのです。
旧王国・連合軍を問わず、諸将の反応は真っ二つに分かれました。
敵将を仕留める絶好の機会を自ら捨てたあなたのやりようを弾劾し、罪として何らかの処置を下さなければ軍規に反して士気を損ねると主張する者。
帝国との戦を有利に進めるだけでなく、旧王国の住民の評判が悪くない敵将をこちらに取り込めば、解放後の民政を柔軟に移行させるのに役立ってもらえると建議する者。
ただ、未だ戦時にあり茶髪ちゃんの腹心で勇将のあなたを外すことを考えにくい以上、前者も前者で強硬な態度を取ったわけではなく、あくまでも味方に対する何かしらのけじめが必要との考えによるもの。
あなたの行動に理解を示した後者の側も、あの美女の色香に惑わされていなければいいのだがと、冗談半分であなたに釘を刺す声があったのも事実。
どちらの立場を取るにせよ、あなたが敵指揮官を引きつけたからこそ戦況を有利に展開できた事実に関しては、皆が皆、理解を同じくしています。
それらをまとめた茶髪ちゃんがあなたに告げたのは「謹慎」ーー戦時にあっては職権を停止するものではなく、待機時の飲酒や遊興を固く禁じ戒めて職務に精励するようにという戒告の意味合いがあります。
あなたを害したくはない一同もそれで納得したようで、一様にほっとした溜息をついて散会したのが先ほどのことでした。
敵将とどのようなやり取りをしたのか、諸将の前では具体的な内容を明かさなかったものの、茶髪ちゃんにはわかってほしいあなた、彼女に包み隠さず報告しています。
あの女将軍にとって茶髪ちゃんと共にあるのが最も善いであろうし、茶髪ちゃんにとっても優れた女性の人材がそばにいるのは今後のためにもなる、そもそも、敵同士であるより友達どうしのほうがぴったりだ。
あなたの言葉に微笑んで頷く彼女でしたが、躊躇いがちにあなたに尋ねます。
「……じゃあ、あの人がきれいだからとか、美人だからとかじゃ、ないよね?」
不安そうにあなたを窺う茶髪ちゃん、間を開けず否定するあなた。
あの女将軍に対しては尊敬の念を強く抱いただけで、決して下心があってのことではなく、それにーーーー
「ーーーーそれに?」
きょとんとする彼女。
照れるあなたは言いにくさを誤魔化そうとしますが、結局は口を籠らせながら黙ってしまいます。
そんなあなたにふふっと微笑むと、
「……あの人、わたしとお茶会とかしたいって、言ってくれたんだよね」
遠い目をしながら口にした光景を想像しているのがはたから見てもわかる茶髪ちゃん。
「ほんとうに、あんな素敵な人と友だちになれたなら、なんだか毎日が楽しくなるんだろうなあ……」
彼女も年頃の女の子、凛々しさと教養の豊かさを思わせる大人の女性に憧れを禁じ得ないようです。
そんな時、陣幕の外から声ーー彼女とあなたの食事の用意ができたとの知らせでした。
「まぁ、お腹すいたし、ごはんにしましょう?」
運び込まれるパンとスープーー野営食は地位の上下を問わず全員同じ内容です。
「いただきます!」
あいさつをしてスープを手に取り、ちいさな口でパンをかじる、あなたがずっと見てきた茶髪ちゃんの食事風景。
食器やパンを掴む彼女の指。
噛んで膨らむ彼女の頬。
開いて閉じる彼女のくちびる。
「どうしたの? 食べないの?」
促す彼女に我に返ったあなた、そそくさとパンに手を伸ばしました。
「ごちそうさまでした! ごはんがおいしいと元気になるね!」
食べ終わった後、茶髪ちゃんは自ら食器をまとめて片付けの準備を始めようとしますが、外に控えていた衛兵が陣幕の中に入り報せを伝えます。
曰く、帝国のあの女将軍の副将を名乗る人物が、城下の住民という数名を伴って、茶髪ちゃんに目通りを求めているとのこと。
訝しむあなた、茶髪ちゃんは頷いて、衛兵に彼等を通すように伝えます。
数分後、彼女のもとに参じて平伏した面々。
鎧姿の壮年がひとり、初老の町人が3人、いずれも男性です。
その中に、茶髪ちゃんが面識のある人がいるのか、懐かしんで声をかける彼女。
「みなさん覚えてますよ! 小さかったころ、よく遊んでもらってましたよね!」
3人の町人は感激した面持ちでそれぞれ喜びます。
「姫様にはオイラの商売道具のトンカチを取られて、そのままぴゅぅっと走って逃げてくもんだから、オイラ追いかけて城の中に入っていいのかどうか、ありゃあ困りましたよ」
「王様が大切になさっていた樹を剪定しておりました時、姫様はその樹によじ登って、下にいた私めに手を振っておいででございましたなぁ」
「王妃様のご用聞きでお召し物の世話をさせていただきました折り、シルクのドレスの肌触りを姫様がいたく気に入られて、ずっと頬擦りして離さなかったあの可愛らしいお顔、今もその面影を残しておいでで安堵いたしました」
それぞれ城に出入りしていた大工・庭師・商人だったようで、幼少のころの思い出話に恥ずかしそうに笑う茶髪ちゃん。
和やかな空気を恐縮しながら遮ったのは、重厚な鎧をまとった偉丈夫でした。
「ーー申し訳ございません、王女殿下、火急にて、お願いしたき儀がございます」
これまでの帝国との戦いのうちいくつかの場面で敵部隊を指揮し、今日の戦場であの女将軍の傍らに控えていた巨躯の部将のことはよく印象に残っています。
「わたしに、お願いですか?」
茶髪ちゃんはゆっくりと、確かめるように問い直します。
敵味方に分かれて戦う間柄、それでいて街の人間を連れて面会を請い、どういった要件だろうーーあなたも疑問と興味を持たざるを得ません。
副将というこの男性の様子からすると、何やら重要な内容だとは察しがつくものの、彼もどう切り出すべきか選ぶ言葉に迷っているようです。
「どんなお話でいらっしゃったのか、遠慮なく聞かせてください。たいせつなご用件なのでしょう?」
そんな副将の男性に優しい声色で促す彼女。
彼もまた意を決したのか、一度深呼吸した後に茶髪ちゃんに跪き、地に頭を伏して叫びました。
「申し上げます!! 我が将軍閣下が、皇帝陛下に対し謀叛の疑いありとされ、捕らえられて城の地下牢に投獄されてしまったのです!!」
「ーーえ、えっ!!?」
驚きに表情が曇る茶髪ちゃん、あなたも衝撃を受けて男性に向き直ります。
大きな身体を屈めた壮年の副将は更に続けました。
「お願いでございます!! 牢に囚われた我が将軍をお助けするのに、どうか!! どうか姫様がたのお力をお貸し下さいませ!!!」
2023-04-03 15:54:24 +0000