「思い出せ、ゲルダ。勝ちたいのならば、復讐を捨てることだ。
そいつは、お前1人の憎しみだけで死んでいい男ではない」
激情のままに猛烈に攻め立てながらも、
決定打を与えられぬゲルダに届いたメッセージ。
ゴルディとゲルダの一騎打ちの舞台を整えるべく
陽動に徹するスノール・コキューティスからの言葉だ。
「ふははははっ!侮られたものだねぇ、ゲルダ君?
ネネとの連携などなくとも、
技量も、リベレーションも私の方が上なのだよ!」
忌々しいが、それは厳然たる事実だった。
背部にバックパックとして装備したデカラ=ビアスを
スレイヴ化して射出。
溶解のザイン粒子で逃げ場を塞がれた状態からの
遠隔攻撃がヴェンデッタを責め苛む。
・・・このままでは、またしても敗北するだろう。
そうしてやがて、全てを失うのなら・・・
今だ。私にはもう、今しかない。
「ノイズ。私に寄越せ。
この男に潰されたガイスト、全員分の記憶を」
その選択が、たとえどんな代償を伴うとしても。
「好きにすればいいですけど。あなた・・・壊れますよ」
「構うものか。私はゴルディを断罪する刃だ。
存在意義を全うできるならば、それでいい」
それ以上の言葉は不要だった。
ゲルダの脳裏に、一つの命が受け入れられるはずのない、
無数の死のイメージが一度に雪崩れ込む。
無数に切り裂かれた意識の切り子細工に、幾重にも重なり写る
ゴルディの笑顔。部下を思いやる偽りの微笑みと、
真実に打ちひしがれる者を嘲笑う外道の素顔が交錯し、
死への恐怖と裏切りへの怒りと欺瞞への絶望が
何度も何度も繰り返し襲い掛かる。
それは、たった一つの心が受け止めていいものではなかった。
あまりにも膨大な感情の奔流に、限界を迎えたゲルダが
糸の切れた人形のように項垂れ、ヴェンデッタのセンサーから
光が消える。
「おやおや・・・もうギブアップかい?
ほらほら、もう少し足掻いて見せてくれたまえ。
どうした?またドロドロに溶かされてしまうぞぉ〜〜〜?」
動きを止めたゲルダに鼻白んだゴルディが、攻撃を中断する。
溶解粒子で包み込み、痛ぶるようにじわじわと腐らせていく。
電脳がはち切れそうなほどの莫大な怒りが、渦を巻いて一つに
纏まっていく。この外道に欺かれ、無念のうちに死んでいった
無数の命が、異口同音に訴えている。
この男を許すなと。私に代わって天罰を下せと。
災いの根を、今、ここで断ち切れと。
例え身に過ぎた怒りに、命を焼き尽くすことになろうとも。
ヴェンデッタの双眸に再び光が瞬く。
初めは微かだった脈動は、少しづつ、早く、力強く。
やがて、全身を包むザイン粒子の鼓動となって、
纏わりつく溶解粒子を吹き飛ばした。
「馬鹿な・・・ガイスト風情がッ!
『セカンドステージ』だとぉおおおッ!?」
蒼の炎の翼を広げ、天に舞うヴェンデッタの機動が
無数の残像を虚空に刻む。
リベレーション・セカンドステージ、『ベクターX(ゼノ)』。
運動慣性を任意の方向へ自在に可変する、ベクターゼロの進化系。
その機動は、ゴルディ・ビタードの認識速度を凌駕する。
自在に宙を舞う溶解粒子さえ捉え切れぬほどの超絶機動。
シヴィル・ロウ屈指のエースであるはずのゴルディでさえ、
全天を駆け巡る無数の残像を、追うことができない。
「これは、ミカエラの分!」
ライフル弾を掻い潜り、右腕を撃ち砕く。
「これは、クローネの分!」
レーザーソードを打ち払い、左腕を切り飛ばす。
「これは、クラウディアとジョアンナとヒトミとデボラとクゥと
ライラとユーリとノノとシャーロットとイェナとフィオの分!!」
展開されたデカラ=ビアスのスレイヴ群を瞬き一つのうちに
全滅させる早業は、もはや機体が分身したとしか思えない。
・・・分かるか、ゴルディ。
お前が犯した罪の数だけ、私の機動は速くなる。
「そしてこれが───」
お前が踏み躙ってきたものの重さ。
その身で思い知れ。
「グリゼルダ・ベリルガルデの怒りだぁああアアアッッッ!!!」
コックピット目掛け、推力の全てを傾けた渾身の一刀を叩き込む。
「───まだだッ!まだ死なんッ!!
ガイスト如きに、ガイスト如きに・・・!」
エクステラの地表へ、隕石の如く叩きつけられた衝撃で
突き立てた刃が半ばからへし折れる。
「私を殺せるはずがないぃぃぃいいイイイッ!!」
ゴルディが死に物狂いでコックピット周辺に展開した
『溶解』が刀身を腐らせたのだ。
「ふっ・・・ふ!ふははははは!!
君の負けだゲルダ君!!忘れたのかね??
君の敵は、私だけではないのだよ!!」
倒れ伏したグリーンスムージーの周囲を
ベリカヌDーPが壁となって取り囲む。
「さぁ・・・ガイストを倒すのだ諸君!
シヴィル・ロウの英雄たる私を救う栄誉に浴したまえ!!」
居並ぶ騎士たちが徐に手にした長剣を掲げ・・・
「・・・誰が英雄だって?」
「───え?」
真っ直ぐに。ゴルディ目掛けて突きつける。
「もうみんな知ってるんだよ、キミが隠してきた外道の素顔を。
なんてったって、僕が全部バラしたんだからね」
モニターに姿を見せたガイストには、見覚えがあった。
あの日、闇のゲームに侵入してきた1人・・・
リノワール、と名乗っていたか。
何故だ?エクステラは、私の行いを看過していた筈ではないか。
獅子身中の虫とは、すなわち彼らの味方に他ならない、と。
その筈だ、その筈なのに・・・
「そう。キミにはもう、味方なんていないんだよ」
「貴方はよく働いてくれたわ。でももう用済み。さようなら」
リノワールの言葉が、スコールの言葉が、
ゴルディを絶望の淵に突き落とす。
「お前は、私の手でガイストになる。
記憶を奪われ、人格を改変され、
操り人形として果てしなく戦い続ける」
折れた刃に足をかけ、ヴェンデッタが徐々に体重を傾けていく。
「い・・・いやだ!いやだいやだいやだいやだいやだいやだ!!
ガイストだけは・・・ガイストだけは嫌だ!
悪かった!許してくれ!なんでもする!!
頼む・・・頼むから、人間として死なせてくれ・・・!!!」
涙ながらに嘆願するゴルディの姿を見ても、
なんの感慨も湧かなかった。
ゆっくりと、全身の力を込めて。
「未来永劫死に続けろ」
コックピットを踏み潰す。
「い、いやっだっ・・・ばぁぁぁあああアアアアアア!!!」
断末魔の叫びは、ゲルダの耳に届いていたのかどうか。
佇立するヴェンデッタから、光が消える。
天罰の刃としての役目を全うし、
ゲルダもまた・・・存在意義を失ったのだ。
2023-03-30 21:14:53 +0000