「今日はあったかいですね!」
空港に着き、ベルトコンベアから出てきたスーツケースを受け取ると
先に出ていたスペシャルウィークが振り返りながら笑顔を向ける。
彼女に追いついた瞬間、冷気が降り注ぐように満たされていて、機内で暖められた身体から熱が急激に逃げていく感覚に襲われる。
「これであったかい方なんだな……」
コートの襟の少し寄せて白い息を吐く。
「風も吹いてないですし今日は、過ごしやすいですよ!」
そう言いながら停まっているタクシーに近づく。
タクシーの運転手はこちらに気付き、トランクを開ける。
「さ、行きましょうトレーナーさん。お母ちゃんたちが待ってます」
彼女の実家である農場に着き、育ての親である金髪の女性に出迎えられた。
荷物を置いた後、生みの親である母親のお墓に行き、二人で一緒に手を合わせた。
もう一度農場に着いた頃には雲も増えてきていて寒さが一段と増していた。
「今日はお母ちゃんたちに会ってくれてありがとうございます!」
お茶の入った湯呑を二つ、炬燵の上に置き対面へと座る。
上着を脱いだ彼女は紫色のタートルネック姿になっていた。
「いやいや、自分もご挨拶しようと前々から思ってたし」
3年間を共に走り抜け、様々な重賞を勝ってきたスペシャルウィーク。
注目度も上がり、取材やオファーで忙しかったが、最近やっと落ち着いてきたので実家へ帰る休みが取れた。
『トレーナーさんも一緒にどうですか?』
と誘われたので、せっかくなので一緒について行くことになり、今に至る。
「母ちゃんも喜んでました。今日は美味しいご飯作ってくれるって!楽しみだなぁ~」
彼女は炬燵の上に置いてあったみかんの皮を剥きながら楽しそうに頬張る。
モグモグと食べていた彼女は何かに気付くように目を開けこちらに話しかける。
「あ、そうだトレーナーさん。お母ちゃんのご飯出来るまでまだ時間ありますし、うちの農場見ておきませんか?」
彼女の実家は農場だ。
『小さめの農場』とは聞いていたが、実際に来てみたらそんなことはなく、割と広い印象を受けた。
「確かにまだ見てないところあるから、せっかくだから案内してくれる?」
「はい!じゃあ行きましょうか!」
彼女はそのまま外へと向かう。
上着は着ないのか聞くが平気と言われた。
自分は流石に寒く感じたのでコートを羽織り彼女の後を付いて行く。
外に出ると雲が厚く広がり、寒さが刺すように降り注ぐ。
雪は降っていないが、いつ吹雪になってもおかしくない状態だった。
そんな冷え込む外を彼女はそのまま進む。
「ここでお母ちゃんをタイヤの上に乗せて走ったな~」
「この木の周りをグルグル回って遊んだり・・・・・・」
「柵をジャンプして越えようとしたら脚引っかけて顔から落ちちゃってたなぁ」
彼女の昔話を聞きながら農場を歩き回る。
近場だけかと思っていたら敷地の一番遠いところまで案内されていた。
「農場の端まで案内してくれるとは思わなかったよ」
彼女の過去を知ることが出来て嬉しいが、流石に離れ過ぎではないかと心配になり質問する。
目の前の土が盛られた坂を登り切った彼女は振り返る。
「だって、必要じゃないですか」
彼女はキョトンとした表情をしながらこちらを見下ろす。
「トレーナーさんが『私たち』の農場のこと、知っておかないといけないじゃないですか」
「えっ?」
「えっ?」
彼女は当然だと言わんばかりに伝えてくるのでこちらは困惑してしまった。
「確かに『君たち』のことを知ることは大切だね」
彼女のバックボーンを知ればそれを元に彼女の持ち味を伸ばせるかもしれないので、重要なことだ。
1人で納得していると
「えっ、だから言ってるじゃないですか」
彼女の声が降り注ぐ。
「私たちの農場のことを知っておかないと、困るじゃないですか」
彼女の言葉と共に風が吹く。
その身体の芯から熱を奪う風に混じり白い雪が舞い始める。
ブーブーブー
ポケットに入れていたスマホが震えたため、反射的に取り出す。
通知画面には『運航中止』の文字が見えた。
ボタンを押すと、航空会社から「予約している明日出発予定の航空便が、今夜到来する寒波の関係で運航中止になった」という連絡だった。
スマホを持つ指先から急激に冷えていく。
「飛行機飛ばなくなっちゃったんですか?」
気が付けば彼女が横に立っていた。
彼女に目線を向けると柔らかく微笑む。
「でも、安心してください。ウチに泊っていけばいけば良いだけです。お母ちゃんも喜びます」
そう言ってこちらの手を引っ張る。
「さ、トレーナーさん。戻りましょうか」
スペシャルウィークは楽しそうに笑いながら農場を走り始めた。
2023-02-06 10:00:06 +0000