廃都エギリアの廃屋の一つ、子供部屋と思しき場所の本棚に置かれていた絵本。
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むかしむかし、あるところに『春富みの国』とうたわれる国がありました。
その国の森や畑はいつも豊作で、鉱山はたくさんの金銀宝玉をもたらし、国民はみな飢えることなく、裕福に暮らしておりました。
その国は春のような輝きに富んだ、とても平和な国でした。
また、この国には豊饒の女神様に仕えていたという『黄金の猫』と呼ばれる猫が、たくさん住んでおりました。この国には古くから『豊かなのは黄金の猫がいるからだ』という言い伝えがあり、猫たちは国民に親しまれておりました。
猫たちは国民と一緒に森や田畑の恵みを収穫し、鉱石を掘り磨いておりましたが、それ以外はのんびりと、特に何もせず、自由気ままに過ごしておりました。それを見た国民たちは、口をそろえて「まぁいいか」と眺めておりました。言い伝えを信じていようといまいと、やるべきことを終えのんびりと眠る猫たちに害はなかったからです。
あるとき、新しい王様が即位しました。
王様は新しいことが大好きで、新しい法律や方法を自国の学者や他国から取り入れては、春富みの国を更に豊かにしてゆく、すばらしい王様でした。
しかしながら王様は、反対に意味のない伝統や根拠のない言い伝えが大嫌いでした。
王様はある日、一匹の黄金の猫を王宮に呼び出しました。
王様の前に現れた猫は、その名の通り黄金の瞳を持つ猫でした。
王様は猫に命じました。
「お前たちは『豊饒の女神の使いであり、この国を富ませている』と言われているな。それが本当ならば、その力を使い国をさらに富ませるがよい」
猫は困ったように首を傾げます。
「国王よ、それはできません。わたしたち猫はここに在るだけで、これ以上富を増やすことはできません。それに、わたしたちの祖先が"豊饒の女神の使い"と言われているだけで、わたしたち自身はこの国の民に過ぎません」
猫の答えに王様は落胆し、呆れ果てました。
「なんたることだ。我が国に只飯喰らいがいたとは。お前たちがいなければ、我が国はずっと早く、もっと富んでいたことだろうに」
そして、そのまま兵士に目の前の猫を火の中に投げ捨てるよう命令しました。
猫は驚いて叫びます。
「王よ、王よ! わたしは増やせないと言っただけです! わたしたち猫はきちんと自分たちの仕事をしているではないですか。国や王に悪いことはしていません!」
「お前たちが何もしていないことは知っている。しかし、何もしていないことこそが、この国にとって害になるのだ」
猫は取り押える兵士に爪を立てて唸ります。
「わたしを殺せば猫たちはこの国を捨てることでしょう。それこそ害になりますよ!」
王様は笑います。
「なんと。お前を殺せば全員いなくなるのか。それは手間が省けてよいな」
わめきたてる猫は、そのまま王宮の外に連れて行かれ、庭の端にある炉の中に投げ捨てられました。
猫が焼け死んでからすぐに、王様は国中にお触れを出しました。
『黄金の猫を国から追い出すこと。もし嫌がるのなら、殺してしまうこと』
しかしながら、死んだ猫の言ったとおり、お触れが広まる頃には、猫たちは一匹残らず、国中から姿を消していました。
報告を受けた王様は「只飯喰らいの怠け者がいなくなった。これで我が国はもっと富むことができる」と満足げにうなずきました。
王様は知りませんでした。
黄金の瞳の猫を焼いたその後すぐ、その炉が朽ち崩れ、周囲の草木が枯れてしまったことを。
初めに、花が散りました。その後、種は実りませんでした。
草が枯れ、木が枯れ、蒔いた種から芽は出ませんでした。
初めに、鉱山が枯れました。その後、坑道は崩れ落ちました。
金属は錆び朽ち、宝玉は翳り、石は脆く潰れました。
国中の森や山が真冬のように沈黙し、恵みは何一つ無くなりました。
田畑も街も、じわじわと霜が降りるように、輝きが失われてゆきました。
いくつか季節が巡ったあと、その国は『冬折れの国』と呼ばれるようになりました。
その国の国民は皆飢えて、貧しく日々を凌いでおりました。
その国は冬のような貧しさに折れた、とても寂れた国でした。
王様は嘆きました。
「黄金の猫は、きっと毒を持つ猫だったのだ」
「毒猫を殺してしまったから、流れ出た毒が大地を殺したのだ」
「追い出すなら、追い出すだけでよかったのだ」
「いや、そもそも彼らを追い出すことも間違いであったのだろうか」
幾ら後悔しても、殺した相手が答えることはありません。追い出した相手も答えることはありません。
王様の座る玉座もまた、国と同じくきしみ朽ち果てようとしておりました。
人々は次々と国から逃げ出してゆき、やがて冬折れの国には王様も国民も、誰一人いなくなりました。
国から姿を消した猫たちの行方は、誰も知りません。
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◆亡国エギリアの資源枯渇、その影響ついて
歴史家によれば、かつて隆盛を極めたエギリア王朝の凋落の遠因として、国内におけるエギリア魔金を始めとする鉱山資源が枯渇したことが挙げられる。滅亡の原因とされる複数の問題以前に発生した事象ではあるが、当時最盛期を向かえていたエギリア経済に大きな打撃を与え、その繁栄に水を差し国力の弱体化を招いた一因であることは明白であろう。
なお、この資源枯渇と前後して、『招饒猫<ショウジョウネコ>』と呼ばれる獣人種がエギリア国内から忽然と姿を消したという記録がある。エギリア地方に長く住まう長命種によれば、国から依頼されたなんらかの要請を断ったことをきっかけにその種族は次々と国外へ去っていったというが、実際にどのような要請が下ったのか、なぜ種族すべてが国から去ることとなったのか、そもそもそのような種族が存在したのか、具体的な証拠は未だ発見されていない。
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「この話の猫とは君たちの種族のことか?」
尋ねられた猫は、うっそりと目を細めて一言だけ鳴いた。
「我らの父祖は毒蛇と伝えられている」と。
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▼猫【illust/102869328】
2022-12-25 14:57:55 +0000