シナトは、魂なき死人たちと相対していた。
柔らかな雲を割って、黄昏の光が降り注ぐ。温かな光に浮かび上がる廃都に、件の彼らはいた。不規則に揺れる体は、時折天を仰ぐ仕草を示す。それはきっとただの偶然だろう、とシナトは考えることにした。魂魄の気配が、微塵もないからだ。
(御魂送りをする必要はなさそうだ)シナトはほっと胸を撫で下ろした。
終わりを迎えた肉体に魂が戻るなんて、想像しただけでも身の毛がよだつ。まるで、魂の牢獄だ。
シナトは細く長く息を吐き、慣れた動作でゆるりと腕を引く。漂う風が、戯れるように両手の先で踊る。
四つ風流の基本の型は一刀だが、剣術の根幹は変幻自在の刃。シナトは招いた風を双剣の形に束ね、それらを軽く握りこんだ。
(四つ風流「連ねの風」)
それは、シナトの得意とする剣技の一つだった。
一足飛びで流れるように数体を刻み、風の双剣をほどく「疾風」。舞うように足を踏み込み、反転し、残る死人たちの頭上に招く無数の風の針「不祥雲」。そして、終の一撃「鉾星」。
腹の底に響くような音と共に、死人の体が、あっけなく崩れていく。人間とはいえ、死に際の叫声がないだけ、まだ気が楽だった。
目の隅に、同行したラルフの姿を捉える。特に異変はなく、善戦している様子が伺えた。最近少し物憂げな様子だったが、手助けしなくても大丈夫そうだ。
黄金色の髪が獣の尾のように揺れる様に、何ともなしに笑みがこみ上げる。要は、少し犬っぽいのだ、ラルフは。人懐っこく少し臆病で、番犬には適さないタイプの。
思考につられて、シナトはふと思い出した。
先日の調査で、ラルフはこう言った。魂と肉体が切り離されていることが恐ろしい、と。なぜラルフは、殊更にそんなことを恐れるのだろう?
砂のように霧散していく体を見ながら、シナトは考える。
もし彼らが、己の民だったら。
もし魂が、「己の意思と関係なく体を操縦している」としたら。
(嫌だなあ……)胸中でぼやき、シナトは頭をかく。
脳裏に、か細く優しい老婆の声が蘇った。
――シナト様。下界へお逃げください。
彼女はシナトの祖母だった。早世した母よりも、無難な政に精を出す父よりも、心から寄り添ってくれた人だった。同時に、白鯨守や天上の竜神にまつわる口伝を最も多く継承する大口伝師でもあった。
――シナト様は、竜神の娘の魂をお持ちです。
シナトには、物心つく前からある衝動があった。それは、幼いシナトを大いに悩ませた。ときに自問自答し、己の情動を観察し、次期族長であるからだと言い聞かせ、折り合いをつけてきたのだった。彼女の一言は、その努力の全てを打ち砕くものだった。
どんな土地に行き芽吹こうと、種は同じだから咲く花は同じだ。そう言われているようなものだった。
(結局、魂って何なんだろうな)
シナトは風を呼ぶ。細かな灰の砂が巻き上がり、ゆっくりと大空へ飛び去って行く――
(俺が連ねてきたものは、俺だけのものだ)
思考を切り替えようとシナトは思った。幸か不幸か、課題にも問題にも事欠かない。
ひとまず、帰還後の会議について考えることにした。
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動く屍事件の調査にて
お借りした流れ novel/18783993
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自宅
副団長シナト illust/101965808
前作 illust/102962962
竜餐騎士団ハイドラ illust/102044005
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2022-11-27 14:29:14 +0000