「おいっす~……あれ?トレーナーさん顔色悪いよ?大丈夫?」
トレーナー室に入ってきたナイスネイチャはこちらの顔を見て心配そうに覗き込んでくる。
「ん~なんか最近疲れが抜けないというか……レーススケジュールとか考えてたからかな?」
トレーニングにレース出走と色々考えながら調整していたからか、寝る時間も遅くなり気が付けば気絶したように寝ていたこともあった。
「ありゃりゃ、身体壊さないでくださいよ~」
「ネイチャは平気か?」
「私?あぁ、私はこの通り。健康だけが取り柄みたいなところありますんで」
実際に走っている彼女の方が、何故か健康そうに見える。
自分も健康づくりのために運動した方が良さそうだなと改めて思った。
そんなことを考えつつ、今日も彼女のトレーニングを始める。
いつものメニューの他、今日は追加で坂路を1本行った。
最近の彼女はスタミナも付いてきたのか余裕で登り切っていた。
「お疲れ様。今日はこれで終わりにしよう」
「ふぃ~お疲れ様で~す。いや~今日もきつかった」
「余裕そうに見えたけど」
「いやいやネイチャさんはそこまで……いや、こう言うとトレーニング付けてくれてるトレーナーさんに失礼か」
今の彼女ならもう1本出来そうだが、オーバーワークを考慮してやめた。
「じゃあ私はお先に失礼しますね~」
彼女は校舎に行くため、自分の横を通り抜けようとする。
「あ、そうだ。トレーナーさん」
真横まで来た彼女がささやきかけてくる。
「■くならないように■ってね」
気が付けばトレーナー室にいた。
ネイチャのトレーニングが終わり、後片付けをしていたのは覚えているが、どうやってここまで来たか覚えていない。
さすがに疲れのピークか。
そう思いながら荷物をまとめ、トレーナー室を後にする。
途中、同期のトレーナーに飲みに行かないかと誘われたが
「ごめん、今日は早く帰らないとなんだ」
そう言って断った。
行っても良かったなと今更ながらに思うが、今日は何故か遅くならないように帰ろう、という思考になっていた。
「あぁ今からメシ作らないとか……」
家の前に着いた自分はこの後しないといけないことを思い浮かべて、憂鬱になる。
確かカップ麺などの買い置きなどもなく、ご飯すら炊いていなかった気がする。
面倒くさいなあと思いながらドアを開き、自宅へと入る。
「あ、トレーナーさんおつかれ~」
「あれ?ネイチャ?」
玄関を開けるとリビングの方にネイチャが立っていた。
小皿を持ちテーブルに置いている様子が見える。
そもそもなんでネイチャがいるのか?
そういえば家のカギも開いていたことに今、気付く。
リビングに行くとテーブルの上には枝豆や冷奴、キムチの入った小鉢が並んでいる。
「ご飯はもう少しで炊きあがるから、それ食べて待っててよ。あ、ビールでも飲む?」
台所で色々と準備をしている彼女を見て混乱する。
「いや、有難いけど……なんでいるの?」
当然の疑問をぶつける。
「え?だって今日のトレーナーさん、すごい体調悪そうだったからさ。お節介焼きのネイチャさんが発動しちゃったわけですよ」
制服の上からエプロンを付けながら彼女はそう言う。
「いや、まあ確かに体調は良くなかったけどそうじゃなくて。どうしてウチの家のカギ持ってるの?」
「だって、この前渡してくれたじゃん。合鍵」
以前も彼女が家に来て料理を作ってくれたことはあった。
その時カギを渡して開けさせた記憶はあるが、それ以降の記憶がない。
「覚えてない……」
「あ~確かあの時も疲れてた感じだったもんね」
エプロンを付け終わった彼女はコンロ下の棚を開けフライパンを取り出す。
「まぁ、そんなわけで心配になっちゃったから来たわけです。元気の出るやつ、豚のしょうが焼きでも作ってあげる」
彼女はこちらに振り返る。
「『今日』も疲れたでしょ?ゆっくり座ってまってて。トレーナーさん」
心地よいささやき声を聞いて安心したからか、疲労が表面に現れたような感覚がする。
言われたとおりソファに腰かけると重たい身体はゆっくりと沈んでいく。
そんなこちらの姿を見たナイスネイチャは静かに微笑み、コンロに火を点け始めた。
2022-08-24 10:00:00 +0000