メジロブライトと大切な3年間を駆け抜け、今年もメジロ家の面々と共に夏合宿に参加することが出来た。
あっという間にもう夏なんだなと彼女の横で一緒に合宿所を眺めていると
「いやあ~バッグを持つトレーナーさんの上腕二頭筋、素晴らしいですね!輝いてますよ!」
バスから降りてきたメジロライアンに筋肉を褒められた。
「え?ああ、いや、そうかな?」
「はい!ブライトの荷物も一緒に持っているから加圧され良い隆起が出来てます!ナイスマッスル!」
「いいからアンタたち、荷物持って移動するわよ」
その後ろからメジロドーベルがあきれ顔をしながら通り過ぎていく。気が付けば周りには他のウマ娘たちはおらず自分たちだけであった。
「いけない。そろそろ移動しようか」
「……えぇ、そうですわね」
こちらをジッと見つめ、ゆっくりとほほ笑みながら合宿所へと歩みだす。
高速化の波が押し寄せてきている今、これに置いていかれないようにしないといけない。しかし、自分の目から見て、メジロブライトの速さは足りていると感じている。
彼女の性格上、スロースタートなのは今も変わらないので、最終直線での競り合いが重要になってくる。
そこで、前を往くライバルに気圧されないよう『諦めない心』を鍛えていくプランを考えた。
浜辺に着くと大きな音が響く。ウマ娘十数人が持ってやっと持ち上がる直径約4mのタイヤが浜辺に置かれた。
これにロープを巻き、それを引くのが伝統的なトレーニングになっている。今回、ブライトにはこのトレーニングを中心に行っていく予定だ。
「君のペースで良いから確実に、諦めないことを意識して引いていこう」
「分かりましたわ」
ロープの巻き付けが終わり、タイヤに巻き込まれないように離れる。彼女は前傾姿勢になりながら自身の身体以上の大きさのタイヤを引いていく。
その真剣な表情を見て、彼女の芯の強さを改めて目の当たりにする。
普段はゆったり、のほほんとした行動をしている彼女だが、その心の内は常に真っすぐでブレない強さがある。一歩ずつ地道に進む彼女を見て、初日ではあるが今年の合宿は良い結果を出せると感じるほどだ。
昼になり、休憩時間となった。海の家に来て何を食べるか、ブライトと一緒に見ているところだ。
「焼きそばとか美味しそうだな。他に何か食べたい物あるか?」
「私はトレーナーさまと同じもので構いませんわ。……まぁ、この人参焼きとても良い匂いがしますわ」
「じゃあこれも頼もうか」
自分はカウンターで調理中のスタッフに注文をする。焼きそばはすぐに渡され、人参焼きは今から調理するとのことだった。
2人でそれぞれ焼きそばを食べ始める。ブライトもチュルチュルと麺を口に含んでいき、ゆっくりと咀嚼している。
「人参焼きでお待ちのお客様~!」
スタッフの呼び出しの声が響く。
「は~い今伺います~」
自分が取りに行こうとしたら彼女から焼きそばの器を渡されたので右手で受け取る。左手に自分の、右手に彼女の焼きそばを持ってしまったので食べることが出来なくなった。トテトテとゆったりとしたペースでカウンターへと向かっていく。
そんな彼女の後ろ姿を見ていると
「いやあ暑いですねブライトのトレーナーさん!焼きそばを両手に持ったことで引き絞られた僧帽筋!シャツ越しでもしっかり見えて良いですね!」
振り返ると水着姿のライアンとドーベルがいた。
「そうかな?ありがとう」
少し前から続けていた筋トレの影響が出てきているのか、褒められて嬉しくなった。彼女達も昼ご飯を食べに来たのだろう。
「あれ?ブライトは?」
「あぁ、今ね人参焼きを取りに行ってるよ」
海の家の方を見るとちょうどブライトがこちらに向かっていた。両手に一本ずつ人参焼きを持ち、こちらにテクテクと歩いてきていた。
「……あら、ライアンお姉さまにドーベル。お二人も昼食ですか~?」
一瞬、こちらを見たと思ったら二人の方に笑顔で近づいていく。
「やあブライト!美味しそうな人参焼きだね。あたしも買ってこようかな」
「おやまあ、でしたらこちらどうぞ。ドーベルも、はい」
「え?いいの?」
自分用に買ったはずの人参焼きを二人に渡す。
「ありがとう!じゃ、遠慮なく。……うん、美味しいよ!」
「じゃあ私も……」
ライアンは勢いよくかじり付き、ドーベルは小さく口を開きかじる。二人ともとても美味しそうな笑顔を見せる。
「ふふっ……よかったですわ」
そう言って彼女はこちらの左手に持っている焼きそばを手に取り食べ始める。
「あ、ブライト。それ俺の方……」
「……おやまあ、ごめんなさい。間違えてしまいました」
こちらの右手に握られている焼きそばを見て、謝る。
「ここでまた交換するのもおかしな感じになりますわね。よければそちらを召し上がってください」
まあ、彼女が嫌がっていないのであればいいかなと思い、右手の方の焼きそばを食べることにした。
ライアンの方をみると何故か顔を真っ赤にしていた。
午後のトレーニングもタイヤ引きを行った。彼女は真剣に取り組んでいる。
気が付けば日が傾き始めていて、真っ青な青空が赤紫色に変わっていた。ノルマの回数をこなしたので、今日のトレーニングは早めに終了することにした。
「お疲れ様。初日からすごい良かった。今日は早めに休もう」
「まあ、もうそんな時間ですのね」
タオルとペットボトルを渡すと彼女はいつもの口調でそう言った。
「……でしたらトレーナーさま。この後、少しお時間よろしいですか?」
「うん?良いけど?」
「ありがとうございます~。ではさっそく~」
そう言って彼女はこちらの後ろに回り込みロープを巻き付けていく。
「えっ?ブライト?」
あっという間にタイヤ引きのロープが身体に縛り付けられていて、振り返ると彼女は助走もなしにタイヤの上に跳躍していた。縁に腰かけ、上に置いてあった拡声器を手に取る。
「トレーナーさま~~。トレーナーさまが『私と一緒に歩むところ』見せてくださいませ~~」
足を組み、拡声器をこちらに向け話しかけてくる彼女。何故、彼女がこういう行動をし始めたのか見当がつかないが、やるしかないと思った。全身に力を込め前へと踏み出そうとするが、動く気配は全くない。
その場で足が滑り、砂を掻くだけだ。
「がんばってください~トレーナーさま~」
拡声器越しの彼女の声が上から降り注ぐ。その声はいつも通りにも聞こえるし、どこか楽しそうにも聞こえた。
ウマ娘である彼女が引いてやっと動く様な代物を『人間』である自分が動かすことが出来るはずもない。
「トレーナーさま~がんばれ~がんばれ~です~時間はたっぷりありますわ~」
彼女はいまだに応援を続けている。真意は分からないが、彼女と共に歩んでいくと決意している身だ。
メジロブライトを預かるという責任はこの重さの比ではないと思い、また前へと踏み出すことにした。
「トレーナーさま~頑張ってください~いつまでも一緒です~~『私』のトレーナーさま~~」
--------------
全文(3856字)は小説で
novel/18210714
2022-08-22 10:14:54 +0000